夜明け前の心臓(仮)

最重度の心臓病の一つである左心低形成症候群の息子の記録。手術・入院・通院の事や病気の情報など。あと雑記。

テイクダウンから一年

一年前の12/19、はる君はフォンタンテイクダウン手術を受けた。

www.calmin.org

この時は、テイクダウンしてもすぐ帰れる、またがんばろうと思っていたんだった。

もともと患っていた肺動静脈瘻に加え、肺に血栓が飛んだことにより、肺の機能が悪化した。
全身が激しく浮腫み、パンパンに張った腹部は皮膚の下が耐え切れず裂け、どす黒い模様を描いていた。
何度抜いても腹水も胸水も止まらず、何度も何度もドレーン(水を抜く管)を刺した。いまでもドレーンの跡が残っている。

ミルクを飲むと酸素の値が下がるため、メインの栄養は静脈からの点滴でとっていた。
ごく少量のミルクしか飲めなくても、便は出るのが不思議だった。
食べられないからだろうか、胎便の匂いに似ている、と思った。

正直に告白するが、死を覚悟したこともあった。

死ぬ前というのは、枯れるように逝くのではないと知った。
こんな風にどす黒く浮腫み、可愛らしかった面影もこんなに薄れてしまったのがおそろしかった。
訪れるかもしれない最期の時を一緒に過ごしたいから、病院には足しげく通った。
苦しみを長引かせるより安らかな眠りを与えたい、という思いがかすめるが、その度に全力でそれを否定した。
電車の中で涙を堪え切れない時もあった。

苦しい日々は4月まで続いた。季節は冬から春に変わっていた。

ようやくPICUを抜けた。
はる君は骨と皮だけになっていたけど、笑顔が戻った。
ふゆ君のおともだちのママさんが折ってくれた千羽鶴をベッド脇に飾った。
2歳の誕生日は小児病棟で迎えた。
主治医と看護師さんたちがハッピーバースデーの歌を歌ってくれた。

退院した。五ヶ月ぶりの帰宅。
抱っこをすると、骨がゴツゴツ当たって痛い。
ものを咀嚼する能力も落ちてしまったので、しばらくは経管栄養、すなわち鼻から胃に管を通して栄養剤を注入することも行なっていた。

歩行のためのリハビリも再開。
足の筋肉がすっかりしぼみ、かなり後退したように思うが、はる君はリハビリが大好きなので、毎回大いに楽しんでいる。

暑い夏だった。
自力でご飯を食べられるようになり、経管栄養が終了した。
色んな方に会いに行った。
心臓病のお子さん達ともたくさん遊んだ。
ようやく日常を取り戻した。

あご下がふっくらしてきて、体も丸みを帯びてきた。
たどたどしい発音で自分の周りのことを表現し始め、暴れっぷりもパワーアップ。
本当に力強くなった。

今月の循環器外来も滞りなく終わった。
再びフォンタン手術を受ける予定だ。
念には念を入れ、明日セカンドオピニオンを受ける。
手術は元の病院でおそらく受けることになるが、年明け2月頃になりそう。


夜明けは、もうすぐ。がんばろう、はる君。