夜明け前の心臓(仮)

最重度の心臓病の一つである左心低形成症候群の息子の記録。手術・入院・通院の事や病気の情報など。あと雑記。

世界初の心臓カテーテルを自分の体で実験した人

 心臓病を抱える人にとって、非常に重要な検査(治療)のひとつが心臓カテーテル検査(治療)だ。

 カテーテル検査とは、足の付け根などの太い血管から細い管(カテーテル)を心臓まで通し、血圧や酸素飽和度を計測したり、造影剤を流しながらX線撮影をすることだ。通常のエコー(超音波)検査やX線撮影ではできないところまで調べることができる。カテーテルを用いての治療も広く行われている。カテーテルを入れる時にバルーン(風船)を入れて、血管内で膨らませることで血管を広げたり、小さく折りたためる傘をカテーテルで送り出し、穴のあいている部分で傘を広げてふさいだり(他にもいろいろある)。胸にメスを入れる心臓手術より低侵襲、つまり体へのダメージが少ない治療である。

 今日の心臓病の診断・治療にとても重要な役割を果たしている心臓カテーテルという方法を考え出した人はどんな人だったんだろう?その答えは、たまたま購入した本に載っていた。絶版本だが紹介する。

自分の体で実験したい―命がけの科学者列伝

自分の体で実験したい―命がけの科学者列伝

  • 作者: レスリーデンディ,メルボーリング,C.B.モーダン,Leslie Dendy,Mel Boring,C.B. Mordan,梶山あゆみ
  • 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
  • 発売日: 2007/02
  • メディア: 単行本
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世界初の心臓カテーテルを自分の体で実験した人、ヴェルナー・フォルスマン

当時の医療

 1904年8月29日に西ドイツに生まれたヴェルナー・フォルスマンは心臓の専門医になるべく医学校で勉強していた。医学生であった頃から「血管を通して心臓に細い管を入れられれば、心臓が止まった時により安全に薬を心臓に届けることができる」という構想は持っていたらしい。1920年代に心臓が止まった患者に対して行っていた治療は、胸の外から針を刺して直に心臓に注射することだったという。しかし、これは冠動脈を傷つけ、出血により患者が死亡する場合もあった。心臓手術も行われていたが、開けてみないとどんな異常があるかわからない上、開けたとしても手遅れだという可能性もあった。*1
 ヴェルナーは心臓までカテーテルを通すという考えを周囲の人間にも話していたが、前例のない危険な実験は上司にも親友にも反対され、なかなか実行に移すことはできなかった。ちなみに、カテーテルで薬剤を直接動脈に投与するという治療自体は1912年からドイツで行われており、多くの命が救われている*2

心臓に到達する

 1929年の初夏、フォルスマンは外科の看護師、ゲルダ・ディッツェンを説得して静脈切開のキットを用意することに成功した。ディッツェンは自分の体で実験するのなら、という条件で承諾したのだが、フォルスマンは彼女の体で実験する気は全くなかった。こうでもしないと必要な機材がそろわなかったからだ。
 フォルスマンはディッツェンを手術台に固定して、彼女の死角で素知らぬふりで自らに麻酔を打った。やがて麻酔が効いてくると自分の左肘をメスで切開し、中空の針を刺した中に尿管カテーテルを押し込んでいった。ディッツェンは騙されていたことに気づくと彼を罵ったが、結局は従い、X線室へ向かった。

 X線室でフォルスマンはカテーテルを肘からぶら下げたまま撮影装置の前に立ち、自分の血管の中にカテーテルを押し進めていった。

 カテーテルの細い管は、ついに鎖骨の下の太い静脈に達する。鎖骨を通りすぎていくとき、フォルスマンは強い温かさを感じ、続いて喉がむずがゆいような感覚を覚えた。カテーテルはカーブしながら少しずつ進み、上大静脈に向けておりていく。
(中略)
 フォルスマンはさらにカテーテルを進め、ほとんど六一センチの目盛りが隠れるところまできた。X線透視装置で見ると、カテーテルは心臓まで達している。左のひじから入ったあと、上にあがって左肩を通り、胸を横切って心臓の上まで来て、それから下って心臓の右側に着いた。カテーテルの先端は、心臓の右上隅にあたる右心房のなかに入ったか入らないかという位置にある。フォルスマンは、実験の証拠を残すためにこの画像をX線写真に撮るように頼んだ。
(自分の体で実験したい、p140)

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自分の体で実験したい、p140

ノーベル賞を受賞

 彼はこの無謀な実験の後、上司には叱責されるがその価値については認められ、その後も実験を重ね論文を発表する。だが、当時の医師たちにとって心臓にカテーテルを通すことはサーカスの曲芸のようなものととらえられ、まともに研究する機会も奪われてしまった。その後のフォルスマンは心臓・血管の研究からは手を引いたが、優秀な外科医として活躍した。
 フォルスマンのこの実験は海を渡ってアメリカに到達し、アンドレ・F・クールナン博士とディキンソン・W・リチャーズ博士のふたりは1932年からコロンビア大学で心臓カテーテルの研究を始める。
 その後1941年、クールナン博士は初めて患者に心臓カテーテルを使用した。

 実は心臓にカテーテルを入れる試みをしたのはフォルスマン以外にもいたようだが、X線写真として残していたことが決め手となり、1959年にフォルスマンはクールナン、リチャーズと共にノーベル生理医学賞を受賞する。


 この本には自分の体を実験台にした科学者と医師の10の物語が載っているが、どれも格別に面白い!人類への奉仕の精神があるのは言うまでもないが、純粋な知的好奇心の成せる技、という感じもある。この物語達の裏にも、驚くほど多くの「自分の身体で実験する人達」がいる。

自分の体で実験したい―命がけの科学者列伝

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 長男のインフルエンザが治ったので、これからはる君に会いに行きます。フォルスマンが自分の体で実験したことは、今もたくさんの人々の命を救っている。

*1:自分の体で実験したい、p135

*2:自分の体で実験したい、p137