夜明け前の心臓(仮)

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夜明け前の心臓(仮)

最重度の心臓病の一つである左心低形成症候群の息子の記録。手術・入院・通院の事や病気の情報など。あと雑記。

長男が通った療育(後編)

現在通級指導教室に通っている長男・きい君が就学前にお世話になっていた療育園の記事です。前回までの記事はこちら。
www.calmin.org
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療育園での過ごし方


わたし達は戸惑いながらも療育園に通い始めた。
きい君には人見知りや場所見知りはあまりない。大好きなレゴやプラレールさえあれば、どこでもすぐ集中して遊び始める。そのかわり、何回も会っている人との距離と初対面の人との距離が変わらない。
何度も遊んでいるのに妙に距離を置いている風だったり、初めて会った人になれなれしく抱きついたりする。
そんな特性があるきい君はすぐに療育園になじみ、到着すると笑顔で遊びはじめるようになった。

とある1日

療育園のスケジュールはこんな感じ。

  • 10:00~登園「おはようございます」、自由遊び(ホールにあるおもちゃでめいめい好きに遊ぶ)
  • 10:30~準備体操→ジョギング
  • 10:45~サーキット(巧技台*1や一本橋を渡る、などの運動を組み合わせたもの)
  • 11:00~個別課題(工作やボードゲーム)
  • 11:45~後片付け、お昼の準備
  • 12:00~母子分離してお昼ご飯~自由遊び
  • 13:00~集団で活動(ふたり一組になってひとつの大きなボールを運んで移動するetc.)
  • 13:45〜お片付け、おやつ
  • 14:00〜降園「さようなら」


具体的な内容はいずれ別記事で。


夏の日、療育園に行く直前。きい君の視線の先に虹ができていた。

きい君、療育園が好きになる

この療育園には発達障害~軽度知的障害の子が通っている。

ここに通う前のわたしに「障害者(障害児)を差別する感情がなかったか?」と言われれば、正直否定はできない。
ネットには、いや“わたしが見てきたネット”には、障害者を差別するコメントがあまりにも多い。「だからしょうがないでしょ?」なんて言うつもりじゃないけど、ごめん。
療育園に通いはじめてからはそんな差別意識は消えた。お母さんもお子さんも、みんな精一杯努力していた。
それにしてもわずかな情報から勝手に「アスペ」「発達障害」とレッテルを貼る人がなんて多いんだろう。蔑称のように「発達障害」を使うことには呆れるしかない。

閑話休題。

療育園での活動は身体を使うものが多い。指先の細かい動き(微細運動)は、走る、ジャンプする、などの大きな運動(粗大運動)が十分に出来ていることが必要だと聞いた。
きい君が金切声で泣き叫んでも逃走を試みてもリトミックに参加せず床に転がっていても、療育園では誰も気にしなかった。だからわたしはきい君を強く叱ったり、抱き上げてその場から立ち去らなくても良かった。

きい君は1歳前から保育園に通っていたから、わたしと一緒にこんなにみっちり体を使って飛んだり跳ねたりすることはこれまで少なかった。
きい君は療育園が大好きになった。それは療育園に来るとお母さんが笑顔で全力で遊んでくれるからだったのかもしれない。
(誤解を招くといけないのだけど、発達障害は先天的な脳の障害であり、保育園に預けたことで発達障害になったわけではない。念のため)


節分だというので、鬼と三宝をせっせせっせと折っていた。いつまでも折り続け、折り紙が尽きた。

魔女の知恵

魔女めいた療育園の園長・秋野先生(仮名)は子ども達・お母さんとお父さん達のために様々な工夫をこらしていた。

1.母子活動のメリット

この療育園が母子活動を重視していることは前回述べた。母子活動だから、他のお母さん達が子どもにどう接しているのか、自然と学べるしくみになっている。
午前中たっぷり汗を流したら、12時からはお母さん同士でおしゃべりしながらのランチタイムだ。子どもと離れてお母さん達だけになれる時間があるから、毎週顔をあわせるうちに母親同士も少しずつ仲良くなっていった。

2.実務的なアドバイス

療育は保護者向けの講座を開催することがある。この療育園でも保護者向けの講座が年に数回あったが、特に印象に残っている秋野先生の言葉をひとつ挙げる。
子どものことで相談する際は、両親が揃っている場合は両親で出向くこと。
あらためて言われると納得出来ることだけど、webや書籍でこの主張を目にすることは少ない。いや、わたしの観測範囲が狭いだけ?
何にせよ、この言葉はわたしに刺さってよく効いた。

公園に行った帰り道。撮影は冬だけど、衣替えが苦手な子がいて季節感がバラバラ。

療育園で学んだこと

二年と数カ月の間でわたしと夫は発達障害児への支援方法の基礎中の基礎を学んだ。
例えば「指示は否定形を使用しないこと」「パニックが起こった時には見守ること」「視覚的な支援が有効なこと(きい君の場合は)」等。
療育園に在園中は診断名はつかなかったが、灰色が真っ白になる可能性は薄く、きい君は卒園後もずっと自分の特性と付き合っていく必要がある。

きい君の特性と付き合うのはわたし達家族も同じ。ここで覚えたことで最も重要だったのは実はテクニックではなかった。
一番大切だったのはきい君とわたし達との絆を強くしたことだ。今後の困難が予想されていても、この療育園で活動した思い出を糧に乗り切れるだろう。……そうだといいな。
いきなり精神論みたいなところに着地してしまい、拍子抜けされたかもしれない。ごめん。

テクニックは後からでも勉強することができるけど、幼児期のやわらかな脳の内にわたし(&夫)がきい君とガチンコで向き合えた時間こそが真に貴重な財産となった。

さいごに

きい君はまだまだ支援が必要な状態だと思う。
最近きい君の精神状態が荒れて、また試行錯誤する毎日だ。ここまでのご高説はなんだったのか、という体たらく……。

社会や世間を呪って生きていくのはすごく苦しいから健全な自尊心を育んでいってほしいんだ。言葉で言うのは簡単だけどね。難しいんだな、これが。
どうしたらいいのか、正解も近道もないだろうし、時には途方に暮れるけど、なんとかやって行けると思う。

“なんとかやって行ける”と思えたのはなぜかっていうと、やっぱり魔女(秋野先生)のおかげだろうなあ。
こっそりそんな魔法をかけたのかもしれないね。

だらだらと長文にお付き合いくださってありがとう。したっけ、またね。

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